地球規模の、自分流

ミャンマー、ピンウールィン(2005)ミャンマー、ピンウールィン(2005)

ロバの乗り心地と時代の変化

97年から99年にかけて中国やミャンマーを旅したとき、田舎では短距離の交通手段としてまだロバが使われていた。馬車も走っていた。サスペンションなどなく、乗り心地がいいとはいえない。自転車でもバスでもない微妙な手段。時間的には歩くのとそれほど変わらないかもしれない。けれど、畑のあぜに咲いた花に気づいてじっと眺められる、ゆったりとした時間の流れと空間の心地よさがあった。

2005年になると、中国ではそんな風景は風前の灯火だった。劇的な変化だった。高速道路網が町をつなぎ、名物の自転車の群れは自動車に置き替わり、軒を連ねていたポケベルショップは携帯を扱っていた。

先日エントリの「ほんまにオレはアホやろか」で、水木しげる氏が紙芝居から貸本マンガ(あるいは貸本マンガからマンガ雑誌)への移行期はたいへんだったと回想している。

時代の流れの中で、一つの業種が壊滅していく悲惨さはたいへんなものだ。もはや、能力とか勢力とかいう問題ではないという感じがする。明治時代に、カゴ、人力車、鉄道馬車、汽車へとうつっていく時代のすさまじさを思わせた。(中略)雑誌の仕事をすることになると、いったん、貸本マンガをやめなければならない。その間は貸本の仕事を休むわけだが(中略)、貸本マンガから雑誌マンガへの移行期には、そういった判断をあやまったマンガ家たちがかなりいたのだ。雑誌をやりだしたのはいいが、二か月の連載の後に仕事が来ない。貸本にもどろうとももはやもどれない。

 

グローバル化の波

今、時代の変化はグローバル化(グローバリゼーション)とともにやってきている、らしい。

その言葉にぼくは先のロバのことを思い起こし、ふたつのことを考える。ひとつはあとで説明するが、もうひとつはその交通手段が廃れたとき業界関係者が次にどんな職を選び、生計を立てていったのかということ。

技術革新によって消えた業界は枚挙に暇がない。今は商品・サービスだけでなく、直接的な労働力もボーダーレス化で代替される。世界各国に自分に取って替わる人間がうじゃうじゃと湧いてくるということだ。水木さんの例でいうと、紙芝居から雑誌マンガへと時代が流れると同時に、世界中でマンガを(同じ言語で)描く人が激増して競争相手になるようなもの。

その変化は自分が思う以上に圧倒的で、絶対に変わらないと思われるようなことも、実はあとで振り返るとあっさりと崩れていたりする。

自己卑下と被害者意識

日本人がグローバル化と言うとき、相手の基準に合わせるかどうか、どう適応するのかばかりが議論の中心になりがちだ。その典型がTPP(環太平洋経済協定)やFTA(自由貿易協定)への賛否。

でも、たとえ貿易交渉でグローバル化に反対しても、これまで入ってきたものを捨てて生活しようという話にはならない。テレビはグローバル化の入口ではなかったのか。電話は? 洋式便器は? ネットは? 海外から入ってきたありとあらゆるものが、ある種グローバル化を促進させてきたのではないだろうか。

それらを享受しながらも、市場開放は反対。しかも車や機械はいいかもしれないが農産物は駄目だ、と。それは都合のいい、手前勝手な話だ。いや、交渉ごとだから自国利益のためでいいんだけれども、相手をとうてい納得させられない。

そこには日本のことをどう理解させ相手の価値観とどう融合させるかの視点が欠けているように思う。一緒にスタンダードを作ろうという、世界の一員としての当事者意識もなく、まるで江戸時代みたいな外国への恐怖感と被害者意識。その心情は同じ日本人としてよく理解できるけれど、それでは日本は孤立するばかりだ。

なぜなら、日本から流入したたくさんの中古車や工業機械が、彼の国のロバ車(馬車)やその他の業界を危機に追いやってきたのだから。

 

ミャンマー、バガン(2005)ミャンマー、バガン(2005)

正解はどっち?

海外に出ると、日本に海外の情報はあふれているけれど実際に見て感じられるものとは大違いだとわかる。メディアでは、注目されやすく売れやすい方にイメージがデフォルメされやすい。

TPPに反対する農業関係者で、海外の市場を見てまわった人がどれだけいるだろう。どんな米や野菜や果物が並びどんな味なのか確かめてみれば、プロなら何か感じるものがあるはずだ。ぼくは、農業のみならず日本人は十分に伍してやっていけると感じている。

先日見たユーストリーム(アットカフェTV特別編:グローバリゼーションで何が起こるのか?)は興味深かった。そこで田村耕太郎さんが現在日本人のパスポート保有率は23%にすぎないと指摘していたので調べてみたらその通りで、15才以上に限っても27%弱(下記サイト数値から計算)。つまり、日本人の四分の三が実際に海外に行かずに(あるいはそれに近い状態で)物事を判断していることになる。

一度外を見てみるといいのにな、と思う。特にこれからの人生の長い学生こそ、一度出ておくといいのに、と。近視眼的に就活に精を出すよりも長いスパンでは得られるものがあると思う。そのうえで、自分はどう生きるか、どう生きたいかを判断すればいい。そこには正解なんてない。でも「自分」は感じられるはずだ。日本にあふれるグローバルな情報にないものは、そのなかにいるはずの自分の存在そのものの実感だ。日本とは違う文化・文脈に自分を置いてみて、はじめて理解できてくるものもある。

先に日本のことをどう理解させるかと書いたけれど、それには自分を知る必要がある。ロバの行く末を想起したときに考えたもうひとつのことは、それが客にとってどんな価値を持っていたかということだ。ロバに乗るときの豊かな時間感覚は、ロバとともにどこに消えてしまったのだろう、と。なくしたものに気づくのは、引き換えに別のものを得ただいぶ後になってからだ。そうして、自分は何が好きで何に価値を見出すかがわかってくる。

最後にまた水木しげるさんの印象的な言葉を引用しておこう。氏が戦地(パプアニューギニア)にいたときに独身だった現地人が三十年後に再訪したときもなお独身で花嫁を求めているというので歳を聞いたところ、さあと言うだけで気にしない様子に水木さんは思うのだ。

考えてみりゃあ、年なんかどうでもいいんだ。生きものには、生きるか死んでいるかの二種類しかないんだ。トンボとか、猪とか植物もそうだ。人間だけが時計なんかつくって、自分で自分の首をしめてるんだ。

 

こんな考え方もある。いや、ほんとの地球規模ってこういうことなのかも。だって人間の狭い世界だけで生きていないのだから。これはこれでグローバル化によるひとつの気づきだ。いろんな生き方がある。

ミャンマー、マンダレー(2005) ミャンマー、マンダレー(2005)

<参考>
・旅券統計(http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/passport/index.html
・人口推計(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.htm

    
20120229191640

 

 

 

 

 

 

 

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