岩のうえの小さな平安(ノルウェー紀行)

数年前にあるメディアに寄稿した旅行記です。ライトな内容ですのでどうぞ

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「アイルランド人と、スウェーデン人、日本人ですよ」
髭を蓄えたタクシーの運転手は、蛇行する山道をのぼりながら言った。
「飛び降りは、ときどきですがね。この一、二年ではその三人です」

結果について彼は触れなかった。こんなところまで来て、何百メートルもある崖から飛び降りる心境はよくわからない。しかし三人のうちの一人が日本人だとは。ノルウェー人はいないのだろうか?
「とんでもない。ノルウェー人はそんなこたぁしません」

ノルウェーのリーセフィヨルドにほど近い、プレーケストールヒュッテにぼくたちは向かっていた。どんよりとした空の下、細い雨がトヨタハイエースワゴンのフロントガラスを濡らしている。運転手によると、ここしばらくはこんな天気が続いているらしい。

シーズンを過ぎると観光客がぐんと減るらしく、タクシーの前に乗ったバスはヒュッテまで行かずにぼくたちを途中で降ろした。バスの親切な運転手が携帯電話でタクシーを呼んでくれたものの、他に観光客はおらず、その港らしき場所には人影もなかった。なかなか現れないタクシーを待ちながら、妻は雨に濡れたロータリーを不安そうに行きつ戻りつした。それまでのユースやホテルでは満員で断られることがたびたびだったのだ。電車とフェリーとバスを乗り継いでせっかく来たのに、空いていなければまた引き返して宿を探さねばならない。しかしやがてタクシーがやってきて、着いたユースのドミトリーにも運良く空きがあった。

さらに幸運なことに、この先も雨天続きだという天気予報がはずれ、翌朝に雨はあがっていた。プレーケストーレンへ向かって山をのぼりはじめると雲間から青空がのぞき、澄んだ池の水に青い空と白い雲が映った。

岩盤むきだしの丘陵をのぼりきると視界がひらけた。裂けた石面が断崖絶壁となって垂直にそそり立ち、下方には鈍色の水面が見える。小径を降りながら脇に視線を転じると、二、三歩横は段差ではなく崖の縁だ。

一枚岩の崖上は、フィヨルド観光のために自然が作り上げた広い桟敷だった。眼前にはまさに絶景がひろがっている。まるで川のような水面が、雪を被った山々にはさまれて奥にのびている。これがノルウェーの四大フィヨルドのひとつだ。

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険しく切り立った崖上に人はまばらだった。手すりも注意書きもない。地面を這うように先端まで行き、恐る恐る崖下を覗き込んだ。はるか下の水面に焦点が結ばれる前に目をそらした。雨の日など足をすべらせたって不思議ではないけれど、髭のタクシー運転手によると事故で落ちた人はいないらしかった。縁に座って足をぶらぶらさせてみようかと考えただけでぞっとする。水面まで604メートル。崖の先端が崩落したら岩と一緒に水中へダイブだと思ったらまた身の毛がよだった。

持参したサンドウィッチを食べた。目が慣れると、雄大な状景もキャンバスに描かれているような気がしないでもない。それは動きを止め、人を拒絶する厳格な気配をただよわせていた。ふいに太陽を蔽っていた厚い雲がほどけ、日の光がさっと地上に射し込んだ。その瞬間、地表の凍てついた色が溶け、ほっとため息をもらすような気配を放った。

ユースの共用スペースで、旅人は思い思いに夕刻のひとときをすごしていた。建物は山小屋風の造りで、木のぬくもりがある。暖炉にはまだ火は入っていない。大きな窓からは隣の美しい湖や山が一望できた。いつもふたりでいたドイツ人の女の子が、ひとりで読書をしている。不思議な静寂のなか、外から羊の鈴の音が響いている。

都会では人工物ばかりに取り囲まれていたけれど、ここは自然に囲まれている。都市には情報があふれ、何かに追い立てられていたが、ここには情報もなく、すべきこと、考えるべきことはほとんどない。それでも退屈には感じない。今回のオリンピックで日本人のメダルはすごいねと言っていたドイツ人カップルはテレビつきの個室に泊まっているけれど、今は後ろのテーブルで静かにトランプのカードを繰っている。

ぼくたちはぼんやりと、色を濃くしていく光の向こうにひっそりとたたずむ湖を眺める。しだいに空がくっきりとした深みある青に変わっていく。窓からの西日が心地よく、少しうとうととして目を覚ますと、目の前には別世界が広がっている。夕陽が山肌と雲に照射し、赤く染めあげている。それらの色は刻々と移り変わっていく。やがて日が沈み辺りが薄暗くなると、テーブルに蝋燭(ろうそく)が灯され、その炎のまわりに別の小さな平安が訪れる。

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<了>