本「中村元対談集3 社会と学問を語る」

中村元「社会と学問を語る」

読んだ本は頭の中身

もう17、8年前のことだが、前職で取引先の商社の支店長と世間話をしていて唖然としたことがある。

本(題名は忘れたけれど、たぶんビジネス書)の名前が出た流れで「最近何か面白い本を読まれましたか?」と尋ねたところ、目尻をつり上げて「そんな自分の頭の中身を開陳するようなこと、なんで言わんとアカンのや」と切れられたのだ。すぐさま謝罪したものの、内心、それほどまで怒ることだろうかと思った。その支店長は何かと警戒心が強く、小手先で値段交渉などを有利に運ぼうとする人だった。出入りの取引業者には高飛車なのに、電話で自社の他所の支店長と話す態度が180度違って媚びるような低姿勢であることに、ぼくは人の哀れさのようなものを感じたのだった。今思うと当の発言自体にはたしかに一理あって、書評とはその人物の関心ごとや思考の断片を明らかにすることに他ならないのだけれど。

その頃に買った本を久しぶりに開いた。マーカー線の跡が、当時の自分がどんな言葉に心を動かされ、何を求めていたかという航跡のようで面白い。中村元氏(以下人名すべて敬称略)と識者との対談シリーズ四巻のうちの三巻目だが、示唆に富む言葉にあふれている。

ところが今は絶版のようだ。本文中でも指摘されているが、日本には新しい宗教が入ってもどんどん雑多な思想を飲み込み、ときに原初のものとは相反する教理でさえも成立させ、変容することを許してしまう。たとえば儒教の教えも仏教のものとして人生論的に語られる。僧も肉を喰らう。そうした文化土壌のなかで、どれだけあるかわからない膨大な仏教関連本が発刊され、いい本が埋もれていく。

この本では、佐藤文隆以外、著者含めて十名が今では他界しているため、絶版も無理もないのかもしれない。けれど、惜しいので少し紹介したい。(馴染みやすい内容の、心理学者の河合隼雄との一部をかなり端折って抽出。以下引用文中の()はブログ主補足。)

「わたし」のパラドックス

河合:このごろつくづく思うんですけど、単純に自己とか、私とかいいますが、それは全部とつながっているわけですから。

中村:全部とつながっていますね、大宇宙とつながっていますからね。(山川草木、周りのものが何か関係をもっております。さらに、宇宙のかなたから、たとえば太陽の光線が降ってくる。その恩恵を受けています。)

河合:だから、外にあるものも全部、私といえないことはない。

中村:そうです。大宇宙はけっして自分から離されておりません。ところが、簡単に考える人は、個々の人間というものを、宇宙から切り離し、外の世界から切り離して、抽象的な自分というものを仮に概念的に考えて、そこで空疎な議論をしているおそれがありますね。

河合:近代の学問は切り離すことからきています。切り離して、はっきり対象化されたものが学問である。ところが、自分は自分であって、対象であるという側面をもっていますね。

中村:(金剛経や法句経に触れて)人がもし自分は賢者であると思ったならば、その人は賢者でない、愚者であると思ったならば、その人は賢者であるとあります。これは明らかにパラドックシカルですが、案外、人間の深層をついているのではないんですか。

(中略)

河合:われわれは物に対して言明するときは、パラドックスはないのです。これが茶碗であるといえば茶碗である。ところが、私が私のことを語ることになったとたんに、パラドックスが入ってくる。お経では、そのことをうまくいってるわけですね。論理的に、合理的に読むと、むちゃくちゃ書いてあるように感じる。しかし、自分のこととして読めばすっと通ってくる。

(華厳経の話をするパートで)

河合:私の経験でいいますと、(心理療法で)相談にこられた方が、父親がどうだったとか、友達にこんなやつがいるとか、あるいは、同級生でいやでたまらんやつがいるとか、考えてみれば他人の話をしている、しかし、実はその人の話をしているわけですね。だから全部他人の話でありながら、その人として、まさに自己につながってくるわけです。その感じが「華厳経」の中でいっていることと、似てると思います。だから私はお聞きしていて、その人がお父さんのことをいっておられるというふうにも聞いているし、自分のこともいっておられるというふうにも聞いてるわけですね。その両方で聞いてるわけです。

 

普遍的な自己とは(一のなかに一切が含まれる)

(西洋の近代的思惟において、デカルトが「我考う、ゆえに我あり」からここに自我があるとすることに対して、東洋哲学では、その奥に普遍的な自己があるとする話で)

中村:(中略)生きていることがいちばん根源的なことじゃないでしょうかね。つまり、近代的思惟をけっして否定するものではないが、それを成立させる根底には、生きていることがあり、その生きていることの自覚がある。

(中略)

河合:デカルトがいったような自分、意識されてる自分を自分というから無意識といわざるをえない。ところが日本人とか東洋とかは、生きてる自分でしょう。そうすると、西洋の人が無意識といってることも、意識の中に入ってしまうんではないでしょうか。

(つまり、西洋で無意識といい出したようなことは仏教のことばに書かれている。)

河合:私という個を通じて、しかも普遍に至る、それがこれからの大事なことになってくるのではないでしょうか。

 

遺産をどう生かすか

時代の変化とともに、個人の欲求、あるいは社会が個人に求めるものも多様化していく。それにつれてますます、これが生き方の正解というような、集団で帰依できる安心モデルは崩れていく。会社に属さない、あるいは結婚しない、子供を持たない……。

これまでの社会では当たり前とされていた寄る辺を失い(あるいは自ら捨て)、新しい生き方や生きがいを模索するとき、集団のなかでは持ち得なかった「自分とは何か」「自分は何者か」という課題が浮かび上がってくる。明治以降、ロンドンに滞在した夏目漱石もそうだったように、その問いは日本人にとってやっかいなものだ。なぜなら、西欧では伝統的に神と自分という関係性のなかに位置づけられる「自己(個)」は、日本にはないものだったからだ。卑近な例だが、ぼくの長期旅行の原点もそこにあったように思う。

「個」の問いは、時代が変わるごとに立ち現れる。上で河合が述べるように、外来の「切る」文化や科学的思考のなかで、いかにアイデンティティを見出し確立するか。日本人は個人個人で向き合っていかねばならない。

そうしたとき、仏教の(いわゆるローカル化した現代仏教ではない)遺産は大いに参考になる。けれど、その道案内ともいうべきこうした本もまた、仏教の教えである無常のなかにある。つまり、すべてのものは滅するのだ。

 

オマケ:最後に有名なエピソード

ウィキペディアより

中村が20年かけ1人で執筆していた『佛教語大辞典』(東京書籍)が完成間近になったとき、編集者が原稿を紛失してしまった。中村は「怒ったら原稿が見付かるわけでもないでしょう」と怒りもせず、翌日から再び最初から書き直し、8年かけて完結させ、1・2巻別巻で刊行。

 

翌日から書き直したかどうかはともかく、とにかく著者の人物が伺える。20年もかけた3万枚もの原稿を失ったのだから、相当な喪失感だったはずだ。出版社の引越し騒動のなかで紛失させてしまった編集者にも同情を禁じ得ない。仏教界にとって大損失だなどと新聞などで書き立てられ、警察も含めて大捜索が展開されたものの、結局見つからなかったらしい。

本の絶版はそうして騒がれることもなく、密やかに行われていく。大震災を皆が省みる時期にあって、アーティストの村上隆がカタールで美術展を行い、100メートルの五百羅漢図が描かれたそうだ。そのときのニコ生の対談を見たけれど、西欧の文法文脈の100語より、仏教哲学の言葉10語で語られる方がきっと腑に落ちる絵だった。IT全盛のなかで、日本の集合知が生と死についての言葉を失っているのかもしれないと、時代を見る思いがした。

ウィキペディアより

中村 元(なかむら はじめ、1912年(大正元年)11月28日 – 1999年(平成11年)10月10日)は、インド哲学者、仏教学者。東京大学名誉教授、日本学士院会員。勲一等瑞宝章、文化勲章、紫綬褒章受章。在家出身。主たる専門領域であるインド哲学・仏教思想にとどまらず、西洋哲学にも幅広い知識をもち思想における東洋と西洋の超克(あるいは融合)を目指していた。外国語訳された著書も多数。

◎関連エントリ 本「変!!/中島らも 」「ほんまにオレはアホやろか/水木しげる」