アンドロイドは島耕作の夢を見るか

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「社長島耕作」をひさしぶりに何話か読んで、うーんと唸ってしまった。もとはサラリーマンファンタジーで現実離れした都合の良さが魅力だったはずなのに、現実離れどころかリアリティにあふれすぎていたからだ。あるいは、今の世の中の企業経営の悪しき点をあまりにも活写していたといった方がいいかもしれない。

 

島耕作が経営する初芝は今期大赤字だ。一部モデルと言われているパナソニックの前期決算みたいに。現在サムスンなんかが大躍進している状況もなぞっている。

 

愕然としたのは、以下の部分(記憶の曖昧な部分があるかも)。

・過去最大の赤字だが、経営陣がその責任を取らない(新卒並みの給料への減給)
・会長が外的要因を評論家みたいに列挙して「きみに責任はない」と島社長を慰める
・赤字たんまりの中国法人の董事長(社長)を本人は降格覚悟だったのに2階級特進させる

さらには、派閥を持たないのが良さだったのに、結局は情実人事、身内擁護の社内政治ストーリーになっているではないか。

 

いかん。リアルすぎる。やはりこれでは今のダメ経営陣のイメージそのものだ。

下半身的エピソードは健在だが、その程度のファンタジーではもはや救いようがない。早く「相談役島耕作」にでもして、有終の美を飾らせた方がいい。野村証券の例の株主提案みたいに、「クリスタル役島耕作」に変えろなどという読者ハガキがこないうちに。というかまだ連載やってたの? いや、そうならいっそのこと現代にとらわれず、設定を未来空間にして、サラリーマンファンタジーにサイエンスフィクションの味付けをしたらどうだろう。SF×2だ……。

などと妄想していたが、いやいや、実際どうなんだろうと我に返った。もし同じ状況のリアルな社長島耕作がいたら……。

 

島耕作は課長時代から多くの人が見守ってきた人気キャラだし、偶然知り合って関係をもった女性がキーとなってファインプレー的結果につながるような天性の能力を含めて、デキる男として設定されている。下半身はともかく、好感度が高い理由は理知的で公平な人柄だろう。部下の私生活や人情の機微に入った配慮もできる。たしか、過去に理想の上司像としてアンケートで選ばれたこともあるはずだ。

でも、じゃあどうする? そのデキる男が何千億か知らないが膨大な赤字を出し、にもかかわらず新卒社員並みへの減給だけでお茶をにごしたら。ほんとうに「責任はない」のだろうか? 社長の役割とは何なのだろう?

 

 
「最後の棟梁」西岡常一氏のことを書いたエントリで思ったのは、次のようなことだ。

・若い世代は高齢者のことを時代に遅れた、ITにうとい人間というようにしか捉えていないのかもしれない。
・知恵をもった老人が今の社会では埋もれ、忘れられていくのかも。経済的には姥捨て山はなくとも、知恵の伝承者の役割としては捨てられた状態なのかもしれない。西岡氏のような老人の深い知恵を社会としてどう継承するか。

今後高齢社会が進行するなかで、高齢者の生きがいともかかわる重要な問いだと思われた。

 

一方、別のニュースでまったく違う印象を持った。キヤノンの内田社長兼COO(70)が相談役に退き、御手洗会長兼CEO(76)が社長に復帰するという内容だった。ロイター日経

正直妖気を感じたというか、ハテナだらけだ。他に誰も適任者がいないのだろうか。そもそも、これまで長く社長会長をやってきながら、誰も育ててこなかったの?

さらに疑問がわきおこる。

・有能な老人が仕事をつづけるとしても、若者の成長(仕事)をどう支え、いつ引退すべきなのか?
・有能だった老人が有能でなくなるときの見極めは? 本人が自発的に引退しなければ誰が引導を渡すのか?
・平均年齢の高い組織はどう運営されるべきなのか。有能な若者のイノベーションをどう促進させられるのか?

ううむ。重いな。

 

 

「もしリアルな社長島耕作がいたら」に話を戻そう。

資本主義社会における株式会社という意味合いでは、結果を出せない島社長は資本を浪費している。法人組織は家族とは違って、存在することが目的なのではなく、成果を出してナンボだ。優秀な社員の能力を活かせないことは、飼い殺し同然で社会の価値の創出を邪魔しているのと同じ。新規投資や新規雇用にも結びつかない。

つまり、就活制度がどうとかいう前に、社長島耕作のスムーズな交代、現実的には株主が彼をクビにする方がよほど早く健全な会社になる。オリンパスのようにしがらみを断ちきれずに財テク損失を隠しつづける会長が社長をクビにするのではなく。

 

では、どうやって適不適を判断するのだろう。業績が一時的に悪くなることはある。そのたびに島耕作を変えていたら、経営方針や体制がころころと変わって却って悪影響かもしれない。さらに、島耕作が長期的な価値の構築ではなく短期的業績ばかりを追い求めるようになる。

西岡氏の言う500年1000年先を考えるどころか、一年先の存続でさえ見通しの立たない状況。サラリーマンファンタジーさえ薄ら寒く感じるような、変化の激しい世の中になった。会社のなかで頂点にのぼりつめた、つまりサラリーマンの頂点を極めた。と思ったら、実は折り紙のだまし舟のように会社が沈没していくというオチ。

 

なんやかんやと書いてきたけれど、島耕作シリーズは中高年世代にとって自分を重ねてにんまりできる物語だったし、日本の黄金期の象徴でもあった。(だからこれからもがんばって!とフォローしかけて、これこそが問題の先延ばしなのかなと思う。ベテランと若者……漫画業界も同じ構図なのかもしれない。)

 

これを近未来のSFにしたらどうなるだろう。
主題と題名はフィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(映画「ブレードランナー」の原作)から拝借。

あらすじ:
時は2019年、経営環境の悪化により日本人の大半は公的機関に勤め、営利法人に残った人々は過当競争を強いられていた。経営工学の前線では遺伝子工学により開発された「レプリカント」と呼ばれる人造取締役が、過酷な経営に従事していた。レプリカントは、外見上は本物の人間と全く見分けがつかないが……彼らにも感情が芽生え、人間の駄目社長に反旗を翻す事態にまで発展した。しばしば反乱を起こしゴールデン街に紛れ込む彼等を「引退」させるために呼び戻されたのが、すでに社長を退いてノマド的コンサルとなっていた“島耕作”である……。

課長のときはいい時代だったね…

ブレードランナーの原作: