彼女の贈りもの(ベトナム紀行・サパ後編)

彼女の贈りもの(ベトナム紀行・サパ後編)

2012年3月31日

彼女の贈りもの(ベトナム紀行・サパ前編)からの続き

20120330145240家の脇の、ユニセフとペイントされた大きな水瓶。割竹で水を集め、生活水をすべて賄う

外国人旅行者からユーちゃんに宛てた手紙と写真の束は、彼女がいかに彼らに愛されていたかを物語っていた。彼女が文字を読めないにもかかわらず、出会いに感謝する思いのこもった言葉を皆が綴っていた。この家に住所はないらしい。もしあったとしても彼女はそれを書けず、郵便システムもこんな山奥までは未整備だろうが、それでも誰かの手を経て、旅行者たちの気持ちはここまで届いていた。

子供たちがさとうきびをかじっている。家族の昼食と重ならないよう帰りを告げると、彼女は食事を作るからといって用意をはじめた。トマトとキャベツを炒めたっぷりの化学調味料を注ぐ。シンプルだが白米との組み合わせがとてもおいしい。近所の子供も混ざり、彼女の一歳半の息子も当たり前のように一人で食べている。彼らが床にこぼしたものは犬の食事だ。

20120330145239トマトとキャベツ炒めにたっぷりの化学調味料。新たな薪をくべ強火で一気に調理する

土産のTシャツとペンを夫用にと渡し、ぼくたちは感謝の気持ちで彼女の父親が作った腕輪を買うことにした。

「自分が言うと高く言ってしまうから。あなたたちの好きな値段でいい」

いくらかと訊ねると彼女はそう答えた。こういう場合の値のつけ方は難しかった。高すぎてもよくない。頭にあったおおよその相場をもとに適当な額を口にすると、心なしか彼女は少し悲しそうな顔をしたように見えた。友達としては少なかったのだろうか。尋ねても彼女は答えず、もう一本をプレゼントだといってくれた。

炎天下を子供を背負い、彼女がふもとまで送ってくれた。彼女の背中で日除けの布に覆われた子供は蒸しているに違いない。妻の雨傘を彼女に差した。

20120330145241ふもとまで送ってもらう。人間が小さく見える。横を流れる小川のせせらぎがとても心地いい

20120330145242ふもとに戻る途中にモン族の少年に出会った。少年たちも牛も同じ目でじっと見据える

ふもとの売店で買ったお菓子を手渡し、折りたたみ傘もあげることにした。ぼくたちは彼女の夫以外の家族に何の土産も持ってきていなかったのだ。

歩いて帰るつもりだった。くねくねとした道を振り返りながら、崖向こうに見え隠れする売店でたたずむ彼女に何度も手を振った。しばらくして遠い声に振り返ると、彼女が駆けてこようとしている。

荒い息をしながら、彼女はシルバーの腕輪を差し出した。固辞するぼくたちに、友達としての贈り物なのだと彼女は言った。

「さっきもうもらったよ」
「ひとつだけだった。ふたりとも、わたしの友達だから。わたしのことずっとわすれないで」

ぬかるんだ道を歩きながら、ぼくは友達の印について考えた。友情とお金、彼女と自分の生活の差。7年前には、まだ幼い彼女たちが町に来て働く姿に複雑な思いが残ったけれど、再会はそれらを幾分か解きほどいてくれた。それでもやはり少しほろ苦かった。

しかし、そんな思いもやがて雄大な自然に溶けていった。

20120330145243町から5分でこの風景。山々の連なりの向こうにベトナム最高峰のファンシパンがそびえている