本「らも―中島らもとの三十五年/中島美代子」

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これはかなり賛否両論のある内容かもしれない。
でもいい本だった、少なくともぼくにとっては。
自分が中島らものどこが好きだったのかがあらためて理解できたから。

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前にも少し書いたけど、ぼくは中島らもの「微笑家族」「啓蒙かまぼこ新聞」に出会って彼のファンになった。一時はFM大阪の「月光通信」とかまで聞いていた。けれど「ガダラの豚」あたりからは熱心な読者ではなくなり、いつの間にか新刊に手に取らなくなっていた。なんというか、文章から消耗の気配が漂うようで。いや、ぼく自身もBII…だった。つまりビジネスでいっぱいいっぱいで、中島らもの変遷を深く理解する余裕もなかった……。

これは2007年に出た本だけれど、今頃読むということはそういうことなのだろう。
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さて、以前は中島らもの著書を読みながら、こんなボヘミアンな生活をしながら家庭はどうなっているのか、奥さんはどんな人なのだろうと興味をおぼえたものだが、この本はストレートにその疑問に答えてくれる。

実際、相当ボヘミアンでぶっ飛んだ家庭だったんだなとわかる。でも、スキャンダラスな部分だけをピックアップしてここに挙げるのは気がすすまない。一部分だけフォーカスして拡大すれば誰しも滑稽な姿になるのだろうし。

そうはいっても、この美代子さんことミーさんのあまりのあけすけな身の晒し方には正直感心させられた。世間からすればデカダンで反倫理的なのかもしれないが、本人にとっては自然であり、その人の器なのだろうと思わせられる。中島らもをアーティストたらしめていたのは、そうした化学反応あってだろう。世の中を表面上は平和にみせようとする常識では判断できない、いい悪いを超えた別の部分を、リスクのあることを承知のうえで伝えたかったのだと思う。

その自由さに自身も傷ついてきたはずだ。それでも、これまでいかにらもを愛し愛されようとしたかを理解してもらいたいという思いがひしひしと感じられた。

らもの応援団のもう一人の人、中島らものお母さんのことも印象的だった。そしてそのお母さんに関する描写に、ミーさんがいかに人を全体的に理解していたかが伺える。あるいは、らもやそのまわりの人々のことを描きながら、ミーさんがどういう人なのかがよく伝わってくる。そういう意味では中島らもが主役のようでいて、当然ながらミーさんも主役である本だ。

そんな彼女の多面的な視線が失われる部分がある。わかぎゑふのことだ。特に後半の部分はぼくは知らなかったけれど、わかぎゑふにはわかぎゑふの言い分があるのだろうと思う。結局、中島らもはミーさんのところに帰ってくる、物理的にも精神的にも。人の出会いと別れって不思議だなぁと思う。

ネタばらしをおそれて何かもってまわった表現になったが、読書体験の驚きはやはり実際に読みながら感じてほしいと思える本だった。語り下ろしといった感じで文章が巧いわけではないけれど、その率直さにおいて味がある。中島らものことをあまり知らない人でもいろいろ興味深いのではないか。

あらためて中島らもの著作を読みなおしてみたいと思った。

35years-with-ramo らも―中島らもとの三十五年